萩原町のあゆみ

1946年(昭和21年) 東京農業大学茂原分校(畜産科・林業科)が開校され、その敷地となる。

1947年(昭和22年) 茂原中学校が開校される。

1952年(昭和27年) 6ケ町村が合併して茂原市となる。

1960年(昭和35年) 東京農業大学茂原分校が閉校になる

1962年(昭和37年) その地に茂原市が初めて、住宅団地の造成を始める。

1963年(昭和38年) 公園用地4ヶ所6区画を含め、総区画数589区画の団地が、上水道とガス設備完備の状態で完成する。
           茂原市がこの住宅団地を萩原町と名づけて一般に分譲を始める。

1963年(昭和38年) 県立茂原工業高校が東郷に開校される。

1963年8月      住宅が建設され、町民の入居が始まる。

1965年(昭和40年) 萩原小学校が開講される。

1965年(昭和40年) 萩原町自治会の結成総会が、萩原小学校図書館で開かれ、会則も定まり、会費は月額50円、会員数79名で発足する。

1965年(昭和40年) 初めて防犯灯が灯る。

1966年(昭和41年) 初めて町内一斉に道路の除草、下水溝の清掃を実施する。

1966年(昭和41年) 初めて町民レクリエーションの会を開催する。(白子海岸で海水浴)

1967年(昭和42年) 自治会役員によって4公園に桜の苗木が植えられる。

1967年(昭和42年) 106名の組合員によって納税貯蓄組合が結成され、自治会が組合業務を執行することにする。完納奨励金は自治会費に繰り入れることを前提とする。

1969年(昭和44年) 町内見取図初刊版を全戸に配布する。

1970年(昭和45年) 萩原町長寿会が結成され、会費は月額50円で発足する。(毎年度の運営費の一部を自治会が補助することにする)

1970年(昭和45年) 4公園に子ども遊具施設が設置される。

1970年(昭和45年) 自治会加入戸数208戸となる。

1970年(昭和45年) 自治会費が月額50円から100円に増額される。

1970年(昭和45年) 萩のまち子ども会が結成され、会費月額50円で発足する。(毎年の運営費の一部を自治会が補助することにする)

1970年(昭和45年) 中古バス車両を購入して、2丁目公園に据え置き、自治会簡易集会所として活用する。

1970年(昭和45年) 3公園に初めて町内案内板を設置する。

1971年(昭和46年) 町内会婦人会が結成され、会費月額30円で発足する。(毎年度の運営費の一部を自治会が補助することにする)

1971年(昭和46年) 東西主要横断道路の舗装工事始まる。

1972年(昭和47年) 萩原青年館建設促進委員が自治会長より委嘱される。

1972年(昭和47年) 茂原市と本納町が合併する。

1972年(昭和47年) 国鉄房総東線が電化され、外房線となる。

1973年(昭和48年) 萩原交通公園が開園される。

1974年(昭和49年) 2丁目主要道路の舗装工事が始まる。

1974年(昭和49年) 自治会費が月額100円から200円に増額される。

1974年(昭和49年) 萩原町婦人会は自治会の婦人部として自治会の組織内に入る。

1974年(昭和49年) 初めて町内納涼盆踊り大会、子ども花火大会を萩原交通公園で、自治会、同婦人部、長寿会、子ども会の共催で開く。

1974年(昭和49年) 長寿会が優秀クラブとして、千葉県老人クラブ連合会長より表彰される。

1974年(昭和49年) 青年館建設趣意書を全自治会員に配布し、建設資金として毎戸2万円の拠出を要請する。

1975年(昭和50年) 青年館が竣工する。

1975年(昭和50年) 自治会加入数280戸となる。

1975年(昭和50年) 共同募金への協力によって、茂原市社会福祉協議会より感謝状を受ける。

1975年(昭和50年) 下水道事業負担金の納付が始まる。(5年間の分納)

1975年(昭和50年) 「明るい住みよい町づくり」を目指して萩原町防災協議会をつくる。

1975年(昭和50年) 青年館敷地にフェンス、自転車置き場、物置を作る。

1976年(昭和51年) 3丁目に千葉県食糧事務所茂原市所が開所される。

1976年(昭和51年) 青年館の維持費として、毎戸年間200円の拠出が定まる。

1976年(昭和51年) 町内納涼盆踊り大会、子ども花火大会を萩原小学校庭で開く。

1977年(昭和52年) 3丁目に関東農政局千葉統計情報事務所茂原出張所が開所される。

1977年(昭和52年) 萩原長寿会は自治会組織に組み込まれ長寿部となる。

1978年(昭和53年) 子ども会が茂原市連合子ども会の第9回子どもソフトボール大会小学生の部で優勝する。

1979年(昭和54年) 3丁目に茂原労働基準監督署が開署される。

1980年(昭和55年) 長寿会が茂原市長寿クラブ連合会の第5回芸能大会で市長賞を受ける。

1981年(昭和56年) 56年度の環境美化実践モデル地区として市長より指定される。

1981年(昭和56年) 下水道の使用が開始される。

1981年(昭和56年) 自治会が萩原小学校体育施設使用団体として登録される。

1982年(昭和57年) 青年館の改修工事をする。

1984年(昭和59年) 茂原市防災無線放送設備が茂原小学校屋上に設置される。

1984年(昭和59年) 毎年6月15日が「県民の日」と決まる。

1985年(昭和60年) 自治会加入戸数が320戸となる。

1985年(昭和60年) 納税貯蓄組合(6組合)の業務を自治会業務より分離する。

1985年(昭和60年) 3丁目に自転車、歩行者専用道が開通する。

1985年(昭和60年) 自治会会員名簿誌を発刊する。

1986年(昭和61年) 茂原駅が高架になる。

1987年(昭和62年) 千葉県東方沖地震の発生により、各住宅が屋根の破損等で大きな被害を受ける。

1988年(昭和63年) 婦人部を休部とする。

1988年(昭和63年) 長寿会が環境美化に協力して、茂原市「街をきれいにする推進協議会」より感謝状を受ける。

1988年(昭和63年) 町内案内板を更新する。

1989年(平成 1年) 集中豪雨により市街地に大水害が発生する。

1989年(平成 1年)  2丁目地区が市長より2か年間健康モデル地区の指定を受ける。

1990年(平成 2年) 自治会加入戸数322戸となる。

1990年(平成2年)  自治会会則を変更して、婦人部を解消する。

1990年(平成2年)  長寿部は自治会組織より分離して萩原長寿会となる。(旧に復する)

1990年(平成2年) 萩原町と高師地区で防災訓練が開かれる。

1990年(平成2年) 「自治会創立25周年、青年館設立15周年の記念事業委員会」が発足する。

1990年(平成2年) 自治会公害研修会を開き「食と緑の博覧会」と「県防災センター」を見学する。

1990年(平成2年) 大竜巻の発生で、町内でも多数の家屋が大きな被害を受ける。

2013年(平成25年) 台風26号の影響で市内に屋根の破損や洪水の被害が広がる。

2019年(令和元年) 豪雨の影響で市内避難所にも浸水の被害が出る。

2021年(令和3年) 台風の被害が出た集会所の屋根の補修を行う。

2022年(令和4年) 萩原町防災会が設立される。
           集会所の雨戸の交換を行う。

2023年(令和5年)第1回萩原町ふれあいまつりを開催した。

2024年(令和6年) 萩原町集会所の耐震化工事を行う。